Archive for the '日記' Category

肺気腫と煙草について

火曜日, 9月 8th, 2009

前々回、休息からの復帰で、肺気腫のことにふれましたが、それはどういうものか知らない人のためにかきます。

肺は酸素をとりいれ、ガスを排気しているわけですが、肺が排気ガスを吐ききれず、したがって空気が存分に吸い込めなくなるのです。当然息苦しいし、血の中に酸素がとけこまないので、身体じゅうの酸素が足りなくなるのです。ちょっと動いても息がきれるし、もっとも酸素をうんと使う脳の働きがわるくなります。

肺気腫は、いまや国民病といわれ、たばこが元凶といわれていますが、それだけではなく様ざまな空気の汚染も原因とおもいます。かつてタバコをこよなく愛し、十四才から六十年もの間、喜怒哀楽を共にしてきたタバコちゃん。押しつぶされそうなストレスを救ってくれ、困難な仕事をやりおおせたとき、共に祝ってくれたタバコちゃん。私はそれをいまさら恨むつもりはまったくありません。

たばこの害について、近頃とみにいわれていますが、わたしはかねてから、あの映画監督市川昆さんや、川内こうはん先生にあやかり死ぬときはくわえ煙草で、と思っていました。

しかし、気持ちは今でもタバコが吸いたいのですが、身体のほうが嫌がって吸ってくれないのです。

それで思い浮かぶのがアメリカの抽象表現主義の画家、マーク・ロスコです。彼はものすごい愛煙家でしたが、六十五才のとき肺気腫と診断され、二年後に自ら命を絶ちました。

自殺の原因はしりませんが、ロスコは「タバコが吸えないくらいなら生きていてもしょうがない、、、」と思うほど、絵をかくこと、つまり生きること煙草は分かちがたいものだったのでは、とわたしは思っています。何も描かれていない赤や黒の大画面、ロスコ晩年の作品から私はそう感じるのです。

ロスコの愛煙家ぶりや作品は、YouTubeで見られるので、興味あるかたはみてください。

最後にひと言。肺気腫でたばこがすえないくやしさと、息苦しいつらさに、アッサリこの世にバイバイする度胸のない人は、いますぐ煙草をやめてください。

昨日の続き・・・

土曜日, 9月 5th, 2009

私は小屋がすきです。掘っ立て小屋とか、バラックという言葉を聞いただけでも心がフワッとなります。子供のときからそんな家にしか住んだことがないからです。そして今でも手製のバラック小屋に住んでいます。

そんな家に住んでいるのに、子供のときの遊びでいちばんのお気に入りは、いまの子供もそうですが空き地のくさむらなどに仲間と作る、「秘密基地」という小屋だったのです。

源信さんのうたが心にしみたのも、記憶に残っている子供のときの小屋あそびの、草の匂いだったのかもしれないし、もっとおおげさに言えば、草原や森林をかけめぐって生きていた私たちの祖先、縄文人の血がさわぐからだと思うのです。

それと、私は滅んで消えて往くものが好きなんです。「・・・・もとの草野なりけり」この哀愁さえ感じさせるスッキリ感。だから、消え行く過程の、不用になって、たち腐れていく小屋や、廃屋のあばら家に出会ったりすると、去りゆくものの後姿にボォーとなって、その場を立ち去りがたくなるのです。

近日中に「滅びの美」というカテゴリーで、廃屋をはじめ、野末や集落のはずれで、人々に忘れられ、ひっそりとたたずむ物たちの写真を公開いたします。

離せばもとの草野のなりけり

木曜日, 9月 3rd, 2009

” 引き寄せて結べば草のいほりにて はなせばもとの草野なりけり ”

これは今から千年以上も昔の、源信という名の偉いお坊さんのうただそうです。

若いときに、なにかの本にのっていたのを読んで以来、わたしの座右銘のひとつになっていいます。

だけど、なにも高邁な精神の持ち主になりたくて、この歌を心にやきつけたわけではありません。子供のときから女好きで惚れっぽく、一度すきになると執念深く、何も手につかないし苦しくてしょうがない。今ならストーカーというところでしょう。それがいやで、そういうときにこの歌を念仏のようにくちずさんでいると、結んだ草がほどけて、広い草原を風が吹き渡る場景が心に浮かぶんです。

青い空に白い雲。遠くにかすむ山並みまで、銀色のすすきの穂が風に波立つ場景。そこに人のすがたはどこにもない。やがて自分自身も消えてなくなる。

何かに囚われ、こだわり、執着心で苦しいとき、いちど試してみてください。

休息終了

木曜日, 8月 27th, 2009

体調をくずして長いこと休んでしまいました。たばこの吸いすぎと、木の粉を長年にわたり無防備に吸い込んでいたのでc.o.p.d 肺気腫になってしまい、病院のやっかいになり、常時酸素吸入していなければならないことになってしまいました。

その他にも、大腸憩室と足の傷でなやまされていましたが、続きは明日にします。ちょっとブログやらないでいたので、イラストや写真の載せ方を忘れました。思い出します。

ちょっと旅行に

木曜日, 9月 25th, 2008


              遠くから見たわが銀河

 パソコンいじりが続いて目がつかれたので、ちょっと宇宙旅行をしていました。二、三時間ぶらぶらと星のあいだを飛び回ってきましたが、帰ってきたら三日も経ってました。

個人情報流失

金曜日, 9月 19th, 2008

 住んでる村から数キロはなれた町にスーパーがある。かなり広範囲から客が集まりはやってます。その店先に、飲み物の自動販売機とならんでベンチがおいてありますが、そこは老人たちの社交の場であります。いつも似たような顔ぶれのおっさん達が、タバコをすったり、缶ジュースをのみながら集っています。
 
 さて今日のことです。バイクでそこに買い物にいき、ベンチからちとはなれた所にバイクを置き、店の入り口に張り出された安売りのチラシをみていると、ベンチの人たちの話し声が耳にはいった。「ありゃあ、どこのひとだい?」と一人。「あれか、ありゃあ東京からきてる絵描きだ」ともうひとり。そして他のもうひとりが補足した。「おかんと犬と猫がいるだぁ、東京にゃあむすこの夫婦と孫が二人」「時々むすめが来てるなぁ、、、」「ありゃあ娘じゃねえ、絵のべんきょうに横浜からくるでぇ」わたしはだれとも面識はなく、もちろん挨拶したこともない。しかし情報は正確です。いなかの情報網おそるべし!

終わった展覧会の作品の一部

木曜日, 9月 11th, 2008

昨日終わった個展の作品。

個展本日終了

水曜日, 9月 10th, 2008

山梨の山の中、増富温泉の不老閣ホテル内ギャラリーで一ヶ月あまり開いていた個展が終わって、今日は作品の片付けをしてきた。展覧会の会期中にいちども会場にいかなかったので、好評だったのか不評だったのか知りませんが、それをべつに知りたいとも思わなくなるほど、個人の絵の展覧会はパッとしないものです。
会場が山の中であろうが都会のまんなかであろうがおなじです。狭く、閉じられた空間の壁面に絵をならべてみても、人はだれも気がつかないのがあたりまえです。